短い答え
聖書自身が与える試しを用いなさい。モーセが最初のものを与えた。もし預言者が主の名において語り、彼の言葉が実現しないなら、主はそれを語られなかったのである。イエスは、あなたがたはその実によって偽預言者を見分けるであろうと付け加えた。彼は、偽キリストたちは大きなしるしを示すと警告したので、不思議はそれだけでは何も証明しない。彼はまた、キリストがここにいる、あそこにいると言う者を誰も信じるなと言った。イエスは弟子たちに、ただで受けたものをただで与えるよう告げた。クルアーンは合致するしるしを与えている。真の使徒は報いを求めず、受けたことのない啓示を主張する者より邪悪な者はいない。預言者ムハンマド(ﷺ)はこれらのしるしを満たしている。彼は使信に対してどんな支払いも求めず、打ち負かされたローマ人が数年のうちに勝つというクルアーンの約束は実現した。
詳しい説明
モーセが与えた試し
聖書の第五の書である申命記は、イスラエルは主が語られなかった言葉をどのように知ることができるかを問う。その答えは平明である。外れる予言である。紀元前600年頃、ハナニヤという男が預言者として語った。彼は主の名において、諸国の上のバビロンの支配は二年のうちに打ち砕かれると約束した。エレミヤは、主は彼を遣わされなかったと答えた。彼はハナニヤがその年に死ぬと予言した。エレミヤの言葉は実現し、ハナニヤのものは実現しなかった。
“もし預言者があって、主の名によって語っても、その言葉が成就せず、またその事が起らない時は、それは主が語られた言葉ではなく、その預言者がほしいままに語ったのである。その人を恐れるに及ばない。”
“ハナニヤはすべての民の前で語って言った、「主はこう仰せられる、『わたしは二年のうちに、バビロンの王ネブカデネザルのくびきをすべての国の首から砕き去る』」。そこで預言者エレミヤは去って行った。”
“そこで預言者エレミヤは預言者ハナニヤに言った、「ハナニヤよ、聞きなさい。主はあなたをつかわされなかった。あなたはこの民に偽りを信じさせた。それゆえ主はこう仰せられる、『見よ、わたしはあなたを地のおもてから除く。あなたは主にそむくことを教えたので、ことし死ぬ』」。預言者ハナニヤはその年の七月に死んだ。”
預言者たちが偽りの幻について言ったこと
イスラエルの預言者エレミヤとエゼキエルは、神が彼らを遣わされなかったのに「主が言われる」と言う者たちを描いている。これらの者たちはなお自分たちの言葉が成就することを期待している。イザヤはすべての主張を律法とあかしへと送り返している。新約聖書のヨハネの第一の手紙は、信仰者たちに霊を試すよう告げている。多くの偽預言者が、と言う、世に出て来た。
“主はわたしに言われた、「預言者らはわたしの名によって偽りを預言している。わたしは彼らをつかわさず、彼らに命ぜず、また彼らに語ったこともない。彼らは偽りの黙示と、役に立たない占いと、自分の心の欺きをあなたがたに預言しているのだ。」”
“彼らは虚偽を見、偽りの占いをして、「主が言われる」と言う。しかし主は彼らをつかわされたのではない。しかも彼らはその言葉の成就することを望んでいる。あなたがたが「主が言われる」と言っても、わたしが語ったのではないのに、あなたがたは虚偽の幻を見、偽りの占いを語ったではないか。”
“律法とあかしとに尋ねよ。もし彼らがこの言葉にしたがって語らないなら、それは彼らのうちに光がないからである。”
“愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。”
イエスが付け加えたこと
イエスは第二の試しを与えた。偽預言者は羊のように見えるが、その実が彼が何であるかを示す。彼はまた、しるしと不思議はそれだけでは何も証明しないと警告した。偽キリストたちは大きなしるしを行うであろう。彼の名において悪霊を追い出した多くの者が、彼が彼らを決して知らなかったと言うのを聞くであろう。彼は、キリストがここに、荒野に、あるいは奥の間にいると告げる者を誰も信じるなと言った。彼は、自分の来臨は空を横切る稲妻のように見られると言った。
“にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。”
“その日には、多くの者が、わたしにむかって「主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか」と言うであろう。そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、「あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ」。”
“そのとき、だれかがあなたがたに『見よ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言っても、それを信じるな。”
“にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう。”
“だから、人々が『見よ、彼は荒野にいる』と言っても、出て行くな。また『見よ、へやの中にいる』と言っても、信じるな。ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。”
神を必要としない不思議
フランツ・アントン・メスメルはフランス革命前のパリの医師であった。彼は神の名を用いることなく患者たちから痙攣と恍惚状態を引き出した。1784年、王立委員会が、一部は目隠しをした被験者で、彼の方法を試した。それにはベンジャミン・フランクリンと化学者アントワーヌ・ラヴォアジエが含まれていた。それは彼の磁気流体は存在せず、その効果は患者たちの想像から来ていることを見いだした。同じ結果が決して神を名指さない人から来た。それでそれらは、神を名指す癒し手と神が共におられることを証明することはできない。あるキリスト教の団体もまた、ある有名な癒し手の本の中の最もよく記録された癒しを調べた。それはそれらが持ちこたえないことを見いだした。
国王ルイ16世が任命した委員たちは、フランツ・アントン・メスメルが教えた方法を、被験者に目隠しをした試験も含めて検証した。彼らは、メスメルが用いると主張した磁気流体は存在せず、けいれんやその他の作用は患者の想像から来ていると結論した。
ベニー・ヒンの1993年の本『主よ、奇跡が必要です』に載せられた、医学的に記録された癒しについてのキリスト教のミニストリーによる書評。ある例では悪性腫瘍はどうやら手術で取り除かれていたこと、そして別の例は自然に寛解することが知られている病気、狼瘡であり、その病気が引き起こした関節の損傷は癒されていなかったことを見いだした。
使徒は使信を売らない
イエスは「ただで受けたのだから、ただで与えるがよい」という言葉と共に弟子たちを癒すために遣わした。後にシモンという男がイエスの弟子たちに、聖霊を与える力のために金を差し出した。ペテロは彼に、あなたの金はあなたと共に滅びるであろうと告げた。新約聖書の手紙であるペテロの第二の手紙は、信仰者たちを食い物にする教師たちについて警告している。クルアーンは同じしるしを与えている。報いを求めない者たちに従え。ヌーフは自分の民に、自分は報いを求めない、自分の報いは全世界の主のもとにあるからだと告げる。預言者フード、サーリフ、ルート、シュアイブは同じ章の中で同じ言葉を繰り返している。
“病人をいやし、らい病人をきよめ、死人をよみがえらせ、悪霊を追い出せ。ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。”
“シモンは、使徒たちが手をおいたために御霊が人々に授けられたのを見て、金をさし出し、「わたしが手をおけばだれにでも聖霊が授けられるように、その力をわたしにも下さい」と言った。そこでペテロが彼に言った、「おまえの金は、おまえもろとも、うせてしまえ。神の賜物が、金で得られるなどと思っているのか。おまえの心が神の前に正しくないから、おまえは、とうていこの事にあずかることができない。」”
“また、彼らは貪欲のために、甘言をもってあなたがたを食い物にするであろう。彼らに対する刑罰は昔から猶予なく下され、彼らの滅びは滞ることはない。”
“あなた方に見返りを求めない者に、従え。彼らは導かれた者たちなのだ。”
“そして、私はそれ(啓示の伝達)ゆえに、あなた方にいかなる見返りも要求してはいない。私の見返りは、全創造物の主から以外にはないのだから。”
外れた年代つきの予言
ローマのヒッポリュトスは三世紀のキリスト教の著述家であった。紀元204年頃、彼は聖書から、キリストの誕生から終わりまで約500年が残っていると計算した。その年代は過ぎた。近代では、アメリカのラジオ説教者ハロルド・キャンピングが2011年5月21日を携挙の日と名指した。携挙とは、あるキリスト教徒が信じるところでは、信仰者たちがキリストに会うために上げられる瞬間である。その日もまた、その間に定められたすべての年代と同じく、過ぎた。イエスはすでに、その日その時は誰も知らないと言っていた。
ヒッポリュトスは、キリストは創造から5,500年後に生まれ、世界は6,000年続くので、キリストの誕生から終わりまで約500年が残っていたと計算している。
1994年が過ぎた後、キャンピングは新しい日付を定めた。2011年5月21日の携挙と、その年の後半の世の終わりである。
“その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも知らない。ただ父だけが知っておられる。”
同じ試しと印刷された聖書
エゼキエル書26章は、ツロは再び建てられることはないと言っている。三章後、同じ書は、バビロンの王ネブカデネザルの軍勢はその長い包囲に対してツロから何も得なかったと言っている。今日ツロはレバノンの町である。ムスリムはエゼキエルを偽りと呼ぶ必要はない。試しはなお立っている。それに不合格になる言葉は、それらが印刷されている形では神から来なかったのである。エレミヤ自身が書記たちの偽りの筆について警告した。クルアーンは自分にどんなそのような容赦も主張していない。それは、アッラー(﷾)がそれを守っておられると言い、ローマ人についてのそれ自身の予告は実現した。
“わたしはあなたを岩の頂のようにする。あなたは網を張る場所となり、再び建てられることはない。主なるわたしがこれを言ったからであると、主なる神は言われる。”
“「人の子よ、バビロンの王ネブカデレザルはその軍隊を率い、大いに骨折ってツロを攻めた。彼らの頭はみな、はげ、肩はみな、すりむけた。しかし彼もその軍隊も、ツロを攻めるために費した労役の報いを、ツロから受けなかった。」”
ティルス(アラビア語でスール)はレバノン南部の海岸にある町で、フェニキアの主要な都市であった。バビロンのネブカドネザル2世は十三年間(紀元前585~573年)それを包囲したが、島の都市は攻め落とされず、和を結んでバビロニアの宗主権を受け入れた。アレクサンドロス大王は紀元前332年にそれを取った。それは再建され、後の帝国のもとでも人の住む都市であり続け、今日もレバノンの町である。
“「どうしてあなたがたは、『われわれは賢い、ヤハウェの律法はわれわれと共にある』と言うのか。しかし見よ、書記たちの偽りの筆がそれを偽りとした。」”
“本当にわれらは訓戒(クルアーン)を下したのであり、実にわれらがまさしく、その守護者なのである。”
クルアーンが偽りの主張者について言うこと
クルアーンは最悪の不正者を、アッラー(﷾)に対して嘘を捏造する者と名指している。それはまた、何も受けていないのに「私に啓示が下った」と言う者を名指している。預言者(ﷺ)は、その時、世界の終わりの前に約三十人の嘘つきが現れると予告した。それぞれがアッラー(﷾)の使徒であると主張するであろう。それでムスリムは、モーセのように、偽預言者を予期し、彼らを試す。
“一体、アッラーに対して嘘を捏造したり、自分には何も下っていないのに「私に啓示が下った」と言ったり、あるいは「アッラーが下したようなものを、下してやろう」などと言った者よりも、ひどい不正を働く者があろうか?(使徒よ、)もしあなたが、不正者たちが死の苦悶の中にあり、天使たちが彼らに手を伸ばす時のことを見るのならば!(天使たちは、言う。)「あなた方の魂を、出せ。この日あなた方は、自分たちがアッラーに対して真実ではないことを語っていたことと、かれの御徴に対して奢り高ぶっていたことゆえに、屈辱の懲罰で報われるのだ」。”
アブー・フライラによれば、預言者(ﷺ)は、同じ主張を持つ二つの集団が多大な犠牲を出して互いに戦うまで、そして、それぞれがアッラーの使徒だと主張する約三十人の嘘つきが現れるまで、終末の時は来ないと言った。
同じ試しのもとの預言者(ﷺ)
預言者ムハンマド(ﷺ)は、自分は使信に対してどんな報いも求めないと言うよう告げられた。彼はただ人々が自分たちの主へのまっすぐな道を取ることだけを求めた。彼は大麦のための担保としてユダヤ人の男に鎧を預けたまま亡くなった。ペルシアは614年にローマ人からエルサレムを奪っていた。クルアーンはそれから、打ち負かされたローマ人は数年のうちに勝つであろうと言った。皇帝ヘラクレイオスは622年にペルシアに対して戦いに勝ち始め、627年までにペルシアは打ち負かされた。その予言は実現した。
“言うのだ。「私はそのこと(啓示の伝達)について、あなた方にいかなる見返りも要求してはいない。しかし、自分の主へと道を選ぼうとする者のみ(、アッラーゆえに施すのであり、それは自分自身のために外ならないの)である」。”
“(使徒よ、)言うがよい。「私はそのことゆえに、あなた方に見返りを求めているわけではないし、無理(して預言者を自称)する者の類いでもない。”
アーイシャによれば、預言者(ﷺ)が亡くなったとき、彼の鎧は大麦三十升の担保として一人のユダヤ人の男が預かっていた。
“ビサンチン(軍)は、敗北した。最も近接した地で。そして彼らはその敗北の後、やがて勝利するであろう。数年の内に。アッラーにこそ、(ビサンチン軍の勝利)以前と以後の、(全ての)物事は属する。そしてその日、信仰者たちは歓喜するのだ、”
ローマ(ビザンツ)皇帝ヘラクレイオスの歴史。614年のエルサレムを含むペルシアによるローマ領の征服と、622年からのヘラクレイオスの反撃を記録している。反撃は627年のニネヴェ近郊での勝利と、ペルシアによる征服地の返還で終わった。
ツロの預言
エゼキエル書 26:14 — 預言者(ネビイーム)、第26章14節
“わたしはあなたを岩の頂のようにする。あなたは網を張る場所となり、再び建てられることはない。主なるわたしがこれを言ったからであると、主なる神は言われる。”
引用の目的
キリスト教徒は、その預言は時と共にツロに攻め上る「多くの国々」について語っていると言う。ネブカデネザルがそれを始め、アレクサンドロス大王が紀元前332年にそれを終わらせ、古い場所を裸のままにした。
応答
その節はツロは「再び建てられることはない」と言っており、21節はそれが二度と見いだされないと言っている。ツロは再建され、今日生きた町である。エゼキエル書29:18自身が、ネブカデネザルはツロから何の報酬も得なかったと言っている。それでその書は、それが描く攻撃がそれが予告したことをしなかったことを認めている。
結論 — 申命記の試しによれば、印刷されたとおりの言葉は実現しなかったので、それらはその現在の形では主の言葉ではありえない。
さまざまな視点
聖書自身の試し
聖書は偽預言者の五つのしるしを与えている。それらは外れた予言、悪い実、欺くために用いられる大きなしるし、キリストがどこかに現れたという主張、そして神の賜物を売ることである。
申命記18:22は試しを与えている。主の名において語られて実現しない言葉は主が語られなかった言葉である。
エレミヤはハナニヤに、主はあなたを遣わされなかったと告げた。本文は、ハナニヤがその同じ年に死んだと記録している。
イエスは、偽預言者はその実によって知られると言った。彼はまた、彼の名においてなされる奇跡は人が彼のものであることを証明しないと言った。
イエスは弟子たちに、キリストがここにいる、あそこにいると言う者を誰も信じないよう告げた。
イエスは弟子たちに、料金なしに癒すよう告げた。ペテロはシモンを神の賜物を買おうとしたことで断罪した。
三世紀のヒッポリュトスから2011年のハロルド・キャンピングまで、ある説教者たちは終わりの年代を定めた。それぞれはその年代が過ぎたときに誤りであったことが証明された。
イスラームの視点
クルアーンは合致するしるしを確証しており、預言者ムハンマド(ﷺ)はそれらを満たしている。彼はどんな報いも求めず、クルアーンが予告したことは実現した。
クルアーンは偽って啓示を主張する者を人々の中で最も邪悪な者と呼んでいる。
クルアーンの預言者たちは、次々に、自分の民にどんな報いも求めない。
預言者(ﷺ)は、その時の前に預言者であると偽って主張する者が約三十人現れると予告した。
クルアーンはローマの敗北から数年のうちのローマの勝利を予告した。ヘラクレイオスは627年までにその戦争に勝っていた。
聖書自身の試しによれば、預言者ムハンマド(ﷺ)は偽りであるとは見いだされない。彼はどんな報いも求めず、クルアーンが予告したことは実現した。