短い答え
いいえ。一世紀のキリスト教の宣教者パウロは、自分の言葉のいくつかを主のものではなく自分自身のものとして区別している。ある章で彼は一つの定めを与え、それは主から来ると言う。数行後に彼は別の定めを与え、「これを言うのは、主ではなく、わたしである」と言う。三つ目の問題について、彼は主の命令を受けていないと書く。彼はその定めを「意見」と呼ぶ。彼は「譲歩のつもりで言うのであって、命令するのではない」と言う。自分の言葉のいくつかを自分のものと区別する書き手は、そのすべての言葉を神のものと数えることはできない。それでも教会はそのすべてを聖書に入れた。イスラームはその線をはっきり保っている。クルアーンは神の言葉だけを含む。預言者(ﷺ)の言葉はそれとは別に保たれている。
詳しい説明
キリスト教徒がパウロの手紙を聖書と数える理由
キリスト教徒は、パウロは使徒、つまりイエスによって遣わされた者として、復活したキリストに選ばれて書いたと考える。彼らは、パウロの手紙を「ほかの聖書」と並べるペテロの第二の手紙を挙げる。彼らは、テサロニケの人々が彼の言葉を人の言葉ではなく神の言葉として受け入れたことへのパウロの感謝を挙げる。パウロはまたコリントの人々に、彼が書いていることは「主の命令である」と言う。
“また、わたしたちの主の寛容は救のためであると思いなさい。このことは、わたしたちの愛する兄弟パウロが、彼に与えられた知恵によって、あなたがたに書き送ったとおりである。彼は、どの手紙にもこれらのことを述べている。その手紙の中には、ところどころ、わかりにくい箇所もあって、無学で心の定まらない者たちは、ほかの聖書についてもしているように、無理な解釈をほどこして、自分の滅亡を招いている。”
“これらのことのゆえに、わたしたちはまた、絶えず神に感謝している。それは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。”
“もしある人が、自分は預言者である、あるいは霊の人であると思っているなら、わたしがあなたがたに書いていることは、主の命令であると認めるべきである。”
パウロは自分の言葉を主の言葉から区別している
コリント人への第一の手紙7章で、パウロ自身がその線を引いている。結婚についての一つの定めは主からであって、彼からではない。次の定めは彼からであって、主からではない。おとめについて、彼は主の命令を受けておらず、自分自身の意見を述べる。彼は命令によってではなく、許しによって言う。彼は「わたしはこう考える」と書き、やもめへの助言を「わたしの意見では」と述べる。彼はその章を「わたしも神の霊を受けていると思う」で閉じている。パウロは「思う」以上のことを主張していないが、教会は彼についてはるかに多くを主張している。別の所で彼は、「主によって言うのではなく、愚か者のように」言うと言っている。
“更に、結婚している者たちに命じる。命じるのは、わたしではなく主であるが、妻は夫から別れてはいけない。”
“そのほかの人々に言う。これを言うのは、主ではなく、わたしである。ある兄弟に不信者の妻があり、そして共にいることを喜んでいる場合には、離婚してはいけない。”
“以上のことは、譲歩のつもりで言うのであって、命令するのではない。”
“おとめのことについては、わたしは主の命令を受けてはいないが、主のあわれみにより信任を受けている者として、意見を述べよう。”
“わたしはこう考える。現在迫っている危機のゆえに、人は現状にとどまっているがよい。”
“しかし、わたしの意見では、そのままでいたなら、もっと幸福である。わたしも神の霊を受けていると思う。”
“いま言っていることは、主によって言うのではなく、愚か者のように、自分の誇とするところを信じきって言うのである。”
手紙として始まる手紙
ピリピ人への手紙はパウロとテモテからの手紙として始まる。テサロニケ人への二つの手紙は、どちらもパウロ、シルワノ、テモテの名で始まる。これらの手紙のどれも、ヨナ書のように神からのメッセージとして始まってはいない。パウロが主の権威を主張する所では、特定の教えについてそれを主張している。コリント人への第一の手紙7章で、彼自身が他の教えについてはそれを控えている。
“キリスト・イエスの僕たち、パウロとテモテから、ピリピにいる、キリスト・イエスにあるすべての聖徒たち、ならびに監督たちと執事たちへ。”
“パウロとシルワノとテモテから、父なる神と主イエス・キリストとにあるテサロニケ人たちの教会へ。わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。”
“さて主の言葉がアミッタイの子ヨナに臨んで言った、”
“もしある人が、自分は預言者である、あるいは霊の人であると思っているなら、わたしがあなたがたに書いていることは、主の命令であると認めるべきである。”
“そのほかの人々に言う。これを言うのは、主ではなく、わたしである。ある兄弟に不信者の妻があり、そして共にいることを喜んでいる場合には、離婚してはいけない。”
言い間違いとその訂正、両方とも残された
パウロはまず、二人の男のほかにはコリントの人々の誰にもバプテスマを授けなかったことを神に感謝する。それから彼は、ある家族にもバプテスマを授けたことを思い出す。彼は、ほかに誰かにバプテスマを授けたかどうか知らないと認める。最初の言葉は誤っており、それとその訂正の両方が聖書に残っている。クルアーンが以前の定めを後の定めで置き換えた所で、それが事実を覆したことは一度もない。パウロの最初の言葉は事実であり、それは誤っていた。次の節で彼は、キリストが彼を遣わされたのはバプテスマを授けるためではないと言う。しかしマタイのイエスは、諸国民を教えることとバプテスマを授けることを一つの命令の中で結びつけている。
“わたしは感謝しているが、クリスポとガイオ以外には、あなたがたのうちのだれにも、バプテスマを授けたことがない。それは、わたしの名によってあなたがたがバプテスマを受けたのだと、だれにも言われることのないためである。もっとも、ステパノの家の者たちにはバプテスマを授けたが、そのほかには、だれにも授けた覚えはない。”
“いったい、キリストがわたしをつかわされたのは、バプテスマを授けるためではなく、福音を宣べ伝えるためであり、しかも知恵の言葉を用いずに宣べ伝えるためであった。それは、キリストの十字架が無力なものになってしまわないためなのである。”
“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を教え、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、”
“アーヤを撤回するにせよ、または忘れさせるにせよ、われらはそれより善いものか、あるいは同等のものをもたらすのである。(預言者よ、)一体あなた(とその使徒たち)は、アッラーが全てのことをお出来なのを知らないのか?”
パウロはイエスの宣教の間、イエスと共にいなかった
キリスト教徒は、パウロはイエスによって遣わされたと言う。しかしパウロはイエスの宣教の間に一度もイエスに会わなかった。イエスの弟子たちがユダの代わりの者を選んだとき、ペテロが条件を定めた。その者はヨハネのバプテスマからイエスが天に上げられるまで、彼らと共にいた者でなければならなかった。パウロはその年月の間、一度も弟子たちの中にいなかった。
“そういうわけで、主イエスがわたしたちの間に行き来されたあいだ、すなわち、ヨハネのバプテスマの時から始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日に至るまで、始終わたしたちと行動を共にした人たちのうち、だれかひとりが、わたしたちに加わって主の復活の証人にならねばならない。”
パウロの手紙:一目で分かる問題点
- パウロはイエスの宣教の間に一度もイエスに会いませんでした。イエスの弟子たちがユダの代わりの人を選んだとき、彼らは、ヨハネのバプテスマからイエスが天に上げられるまで自分たちと共にいたことを求めました。パウロはそうではありませんでした。
- パウロは自分の裁定のいくつかを自分自身のものとしています。「主ではなく、わたしが言う」と。別の問いについては、彼は「主の命令は受けていない」とし、自分自身の判断を示しています。
- 彼は、二人の男のほかにはコリントの人々の誰にもバプテスマを授けなかったと言っています。それから彼はある家族を思い出し、他の誰かにバプテスマを授けたかどうか分からないと言っています。その言い違いとその訂正の両方が聖書の中に残っています。
- ピリピ人への手紙とテサロニケ人への第一の手紙は、神からのメッセージとしてではなく、パウロとテモテからの手紙として始まっています。
神の言葉を人の言葉から分けて保つ
イザヤは、神の思いは人の思いと異なると言う。クルアーンは、自らの手で書いて「これは、アッラーの御許から下されたもの」と言う者たちを責めている。それは、預言者(ﷺ)が自分の欲望からクルアーンを語ったのではないと言う。だからクルアーンは啓示されたものだけを含んでいる。彼自身の言葉はハディース、つまり彼の教友たちが伝えた預言者(ﷺ)の言葉と行いの報告として別に記録された。それらは決してクルアーンとして読誦されない。
“主は言われる、わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっている。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。”
“それと引き換えに僅かな代価を得るため、自らの手で啓典を書き、「これは、アッラーの御許から下されたもの」などと言う者に、災いあれ。そして彼らの手が書いたものゆえに、彼らに災いあれ。また、(そのことで)彼らが稼ぐものゆえに、彼らに災いあれ。”
“また、彼は私欲で語っているのでもない。それは、下される啓示以外の何ものでもないのだ。”
節ごとに
コリント人への第一の手紙 7:12 — 第7章12節
“そのほかの人々に言う。これを言うのは、主ではなく、わたしである。ある兄弟に不信者の妻があり、そして共にいることを喜んでいる場合には、離婚してはいけない。”
引用の目的
「主ではなく」はただ、イエスが地上にいる間にこのことについて何も教えなかったという意味にすぎない。パウロはなお霊感を受けた使徒として定めている。
応答
パウロはそこで止まらない。同じ章で彼は、命令によってではなく許しによって言うと言い、「わたしはこう考える」と書いている。別の所で彼は、「主によって言うのではなく、愚か者のように」言うと言っている。パウロ自身がこれらの定めから主の権威を控えている。
結論 — パウロ自身がこれらの言葉を自分のものと区別しているので、それらは神の言葉ではない。
コリント人への第一の手紙 14:37 — 第14章37節
“もしある人が、自分は預言者である、あるいは霊の人であると思っているなら、わたしがあなたがたに書いていることは、主の命令であると認めるべきである。”
引用の目的
パウロは、自分が書いていることは主の命令であり、自分のメッセージは啓示によって来たと言う(ガラテヤ人への手紙1:12)。
応答
彼はこれを14章で、礼拝の秩序について言っている。同じ手紙で彼は「これを言うのは、主ではなく、わたしである」と「主の命令を受けてはいない」と書いている。一般的な主張は、彼自身が主のものではないと言う定めを覆すことはできない。ガラテヤ人への手紙1:12は彼が宣べ伝えたメッセージについてであって、すべての手紙のすべての行についてではない。
結論 — 主の権威についてのパウロの主張は、彼が自分のものと区別する定めには及ばない。
テサロニケ人への第一の手紙 2:13 — 第2章13節
“これらのことのゆえに、わたしたちはまた、絶えず神に感謝している。それは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。”
引用の目的
パウロは、テサロニケの人々が彼のメッセージを神の言葉として受け入れたと言うので、彼の手紙は神の言葉である。
応答
パウロは、彼が宣べ伝えたときに彼らが「わたしたちの説いた」言葉について語っている。彼は各手紙の各行が神から来たとは言っておらず、他の手紙ではいくつかの行がそうではなかったとはっきり言っている。
結論 — パウロの宣教についての主張は、彼が自分のものと区別する定めには及ばない。
ペテロの第二の手紙 3:15-16 — 第3章15-16節
“また、わたしたちの主の寛容は救のためであると思いなさい。このことは、わたしたちの愛する兄弟パウロが、彼に与えられた知恵によって、あなたがたに書き送ったとおりである。彼は、どの手紙にもこれらのことを述べている。その手紙の中には、ところどころ、わかりにくい箇所もあって、無学で心の定まらない者たちは、ほかの聖書についてもしているように、無理な解釈をほどこして、自分の滅亡を招いている。”
引用の目的
ペテロはパウロの手紙を聖書の中に数えているので、イエスの最初の弟子たちはすでにそれらを神の言葉として扱っていた。
応答
その節は確かにパウロの手紙を「ほかの聖書」と並べている。しかしペテロの第二の手紙そのものが、議論のあった書の一つであった。四世紀の初め、教会史家エウセビオスはなおそれを、すべての人に受け入れられてはいない書物の中に挙げていた。そしてどの後の手紙も、パウロ自身の「主ではなく、わたしである」を主の言葉に変えることはできない。
結論 — 議論のあった手紙のパウロについての見方は、いくつかの定めは自分のものであったというパウロ自身の言葉を覆すことはできない。
さまざまな視点
主流のキリスト教
キリスト教徒は、パウロはキリストの使徒であり、彼の手紙は聖書であると考える。彼が自分自身の意見を述べる所でさえ、聖霊が彼の書いたものを導いたと彼らは言う。
ペテロの第二の手紙は、パウロの手紙を「ほかの聖書」と並べている。
反論
その節は確かにパウロの手紙を「ほかの聖書」と並べている。しかしペテロの第二の手紙そのものが、議論のあった書の一つであった。そしてどの後の手紙も、パウロ自身の「主ではなく、わたしである」を主の言葉に変えることはできない。
パウロは、テサロニケの人々が彼の言葉を人の言葉ではなく神の言葉として正しく受け入れたと言う。
反論
パウロは、彼が宣べ伝えたときに彼らが「わたしたちの説いた」言葉について語っている。彼は各手紙の各行が神から来たとは言っておらず、別の手紙ではいくつかの行がそうではなかったとはっきり言っている。
パウロはコリントの人々に、彼が彼らに書いていることは主の命令であると言う。
反論
彼はこれを14章で、礼拝の秩序について言っている。同じ手紙の7章で彼は「これを言うのは、主ではなく、わたしである」と書いている。一般的な主張は、彼自身が主のものではないと言う定めを覆すことはできない。
コリント人への第一の手紙7:12で、「主ではなく」はただイエスがその事柄について何の言葉も残さなかったという意味にすぎない。それでパウロは使徒の権威をもって定めている。
反論
パウロはそこで止まらない。同じ章で彼は、命令によってではなく許しによって言うと言い、「わたしはこう考える」と書いている。彼自身がこれらの定めから主の権威を控えている。
イスラームの視点
パウロは手紙を書き、その定めのいくつかを自分自身のものと区別した。クルアーンだけが神の言葉であり、預言者(ﷺ)の言葉はそれとは別に保たれている。
パウロは、主からの定めを、自分自身のものであって主のものではないと彼が言う定めと対比している。
パウロは自分の助言のいくつかを命令ではなく許しと呼び、「わたしはこう考える」と「わたしの意見では」と書いている。
パウロは、自分の言葉のいくつかは「主によって言うのではなく、愚か者のように」語られると言う。
パウロは誰にバプテスマを授けたかについて書きながら自分を訂正しており、誤りと訂正の両方が聖書に残っている。
ピリピ人への手紙とテサロニケ人への手紙は、パウロとその仲間たちからの手紙として始まる。どれも手紙そのものが神から来たとは言っていない。
パウロは、やもめに助言を与えるとき、自分は神の霊を受けていると思うと言うだけである。
使徒行伝1章は証人の条件を定めており、パウロはそれを満たさなかった。彼はイエスの宣教の間に一度もイエスと共に行かなかった。
クルアーンは人の書いたものを神の言葉として偽ることを責めており、それは啓示されたものだけを含んでいる。