短い答え
いいえ。理と気は物がどのように形づくられ秩序づけられるかを説明するが、そのどちらもすべての背後にある一者ではありえない。後の儒学の師である朱熹は、すべての物には理、すなわちその原理と、気、すなわちその質料的な力があると教えた。彼は万物の理を太極と呼んだ。彼は、天に罪を裁く人を思い描くのはよくないが、何も主宰するものがないと言うのもよくないと言った。主宰するものは、と彼は言った、理そのものである。しかし彼はまた、理には意図がなく、計らいもなく、何も造らないと言った。何も造らない原理は、世界を存在させるものではありえない。イスラームは誰が主宰するかを言う。すべてを知り、すべてを創造された神である。クルアーンは言う、「本当にわれらは全てのものを、定めと共に創造した」(54:49)。中国のムスリムの学者たちは1600年代から中国語でこの答えを与えた。クルアーンを読み、それを試してみてほしい。
詳しい説明
朱熹が理と気について教えたこと
朱熹(1130-1200年)は、しばしば新儒教と呼ばれる後の儒教の最もよく知られた師であった。彼は、すべての物には二つの面があると教えた。理はその原理である。それがそれであるところの、そしてあるべきところの型である。気はその質料的な力である。それを形づくるために集まる素材である。1922年に彼を翻訳したJ・パーシー・ブルースは、理を「法」、気を「エーテル」と訳している。朱熹は天地万物の理を太極と呼んだ。もしどうしても順序をつけるなら、と彼は言った、理が先に来る。しかし理は決して単独では見いだされない。気がなければ、と彼は問うた、「理はどこにその宿りを見いだせようか」。
朱熹は、太極はただ天地万物の理にすぎないと言う。天地より前に、この理があった。理は気より先にあるのかと問われて、彼は、それらには本当の前後はないが、もしどうしても遡らねばならないなら理が先であると言う。しかし理は別の物ではない。それは気の中にあり、気がなければ寄る所がない。気は凝り集まって物を作ることができる。理には情も意もなく、計らいもなく、何も作らない。それは跡のない、清らかで開けた世界である。気は、と彼は考える、理に寄りかかって動く。彼はまた、天地の心は知覚がないとは言えないが、人のように物事を思い巡らすのではないと言う。彼は程子の、動静に端なし、動の前に静があり、静の前に動があったという言葉を引いている。今の世界の前に何があったかと問われて、彼は、それと同じような別の世界があったに違いないと言う。天地は滅びない。人がまったく道を失うと、すべてが一緒に混沌に落ち、人と物が尽き、そしてまた新たに始まる。
“「性」という語は全宇宙の理を指す。これが「太極」と呼ばれるものである。”
“天命が存在する以上、気もまた存在しなければならない。そうして初めて理の容れ物がありうるのである。もし気がなければ、理はどこにその宿りを見いだせようか。”
朱熹が理にはできないと言ったこと
朱熹は理に何ができるかについて慎重であった。気は、と彼は言った、凝り集まって物を作ることができる。理には情も意もなく、計らいもなく、何も作らない。彼はそれを跡のない、清らかで開けた世界と呼んだ。彼はまた、天地の心は知覚がないのではないと言った。しかしそれは人のように物事を思い巡らすのではない。天について、彼は二つの答えを退けた。天に罪を裁く人を思い描くのはよくない。何も主宰するものがまったくないと言うのもよくない。同じ巻で、彼は主宰するものは理そのものであると言う。
朱熹は、太極はただ天地万物の理にすぎないと言う。天地より前に、この理があった。理は気より先にあるのかと問われて、彼は、それらには本当の前後はないが、もしどうしても遡らねばならないなら理が先であると言う。しかし理は別の物ではない。それは気の中にあり、気がなければ寄る所がない。気は凝り集まって物を作ることができる。理には情も意もなく、計らいもなく、何も作らない。それは跡のない、清らかで開けた世界である。気は、と彼は考える、理に寄りかかって動く。彼はまた、天地の心は知覚がないとは言えないが、人のように物事を思い巡らすのではないと言う。彼は程子の、動静に端なし、動の前に静があり、静の前に動があったという言葉を引いている。今の世界の前に何があったかと問われて、彼は、それと同じような別の世界があったに違いないと言う。天地は滅びない。人がまったく道を失うと、すべてが一緒に混沌に落ち、人と物が尽き、そしてまた新たに始まる。
朱熹は、天に人がいて罪を裁くと言うのはよくないが、何も主宰するものがまったくないと言うのもよくないと言う。同じ巻で、彼は主宰するものは理そのものであると言う。経典の天という語について問われて、彼は、それはときには青い空を、ときには主宰する者を、ときにはただ理を意味すると言う。
古い書物の中の上帝
ある弟子が、本当に誰かが各人に人生の分け前を与えるのかと尋ねた。朱熹は、それはただ大いなる源から流れ出るのだと答えた。誰かがそれを配っているように見えるが、本当に配る者はいない。どうして上に人がいてそれを配ることがありえようか、と彼は問うた。最も古い儒教の書物の二つ、『詩経』と『書経』は、上に人がいるように思わせる。それらは例えば帝の怒りについて語り、帝を上帝とも呼んでいる。「しかしなお」と朱熹は続けた、「この主宰者は理にほかならない。全宇宙において理より高いものはなく、それゆえ主宰者という語がある」。ブルースは理を「法」、帝を「主宰者」と訳している。朱熹は、上帝についてのある古い一句は主宰の意味を帯びていると付け加えた。それで朱熹は古い名と主宰の意味を保ち、それらを理に与えたのである。
人々の受ける不均等な分け前は、本当に誰かによって配られるのか、それともただ二つの気がたまたま出会うことから来るのかと問われて、朱熹は、それらはただ大いなる源から流れ出るのだと言う。そう見えるが、本当に配る者がいるのではない。どうして上に人がいてこれを配ることがありえようか。『詩経』と『書経』の言うことは、帝の怒りを語る所のように、上に人がいるように思わせる。しかしこれもまたただ理である。天下に理より尊いものはないので、それに帝の名が与えられる。「惟れ皇いなる上帝、衷を下民に降す」という句で、「降す」という語は主宰の意味を帯びている。
“しかしなお、この主宰者は理にほかならない。全宇宙において理より高いものはなく、それゆえ主宰者という語がある。”
朱熹は、天に人がいて罪を裁くと言うのはよくないが、何も主宰するものがまったくないと言うのもよくないと言う。同じ巻で、彼は主宰するものは理そのものであると言う。経典の天という語について問われて、彼は、それはときには青い空を、ときには主宰する者を、ときにはただ理を意味すると言う。
型は自らを作らない
朱熹が世界は秩序に満ちていると言ったのは正しかった。しかし彼自身の説明によれば、理は何も意図せず、何も計らず、何も作らない。気は凝り集まって物を形づくるが、彼はそれが理に寄りかかって動くと考えた。それでそのどちらも秩序を選ばなかった。朱熹はまた、世界は混沌に戻ってまた始まり、私たちの世界のような世界がその前にあったと教えた。終わりのない世界の連なりも、なぜそもそも世界があるのかを言わない。理は物が従う型であって、物を存在させるものではない。イスラームは、その秩序はすべての物を造られた一者によって意図されたと言う。クルアーンは問う、「いや、彼らはいかなるものもなしに、創られたというのか?それとも彼らが創造者なのか?」(52:35)。それは言う、「本当にわれらは全てのものを、定めと共に創造した」(54:49)。神は「創造され、(創造物を完璧に)整えられたお方」である(87:2)。
朱熹は、太極はただ天地万物の理にすぎないと言う。天地より前に、この理があった。理は気より先にあるのかと問われて、彼は、それらには本当の前後はないが、もしどうしても遡らねばならないなら理が先であると言う。しかし理は別の物ではない。それは気の中にあり、気がなければ寄る所がない。気は凝り集まって物を作ることができる。理には情も意もなく、計らいもなく、何も作らない。それは跡のない、清らかで開けた世界である。気は、と彼は考える、理に寄りかかって動く。彼はまた、天地の心は知覚がないとは言えないが、人のように物事を思い巡らすのではないと言う。彼は程子の、動静に端なし、動の前に静があり、静の前に動があったという言葉を引いている。今の世界の前に何があったかと問われて、彼は、それと同じような別の世界があったに違いないと言う。天地は滅びない。人がまったく道を失うと、すべてが一緒に混沌に落ち、人と物が尽き、そしてまた新たに始まる。
“いや、彼らはいかなるものもなしに、創られたというのか?それとも彼らが創造者なのか?それとも、彼らが諸天と大地を創ったのだと?いや、彼らは(アッラーの懲罰を)確信していない。”
“本当にわれらは全てのものを、定めと共に創造した。”
“創造され、(創造物を完璧に)整えられたお方を。また、(全てを)調整し給い、お導きになったお方を。”
天の人でもなく、何も作らない型でもない
朱熹は、天に罪を裁く人を思い描くのはよくないと言った。イスラームは、神は人間ではないと言う。クルアーンは神について、「いかなるものも、かれには似ていない」と言う。しかし同じ節は続ける。「そしてかれはよくお聞きになるお方、よくご覧になるお方である」(42:11)。そして神は確かに裁かれる。かれは「報いの日の支配者」である(1:4)。かれは「最初のお方、最後のお方」であり、「全てのことをご存知のお方」である(57:3)。一枚の葉もかれの知識なしには落ちない(6:59)。かれは啓示によって、あるいは使徒を通して人々に語られる(42:51)。それですべての背後にある一者は、人間でも何も作らない型でもない。かれは神であり、ご自分が造るものを知り、それを定めをもって造られる。
朱熹は、天に人がいて罪を裁くと言うのはよくないが、何も主宰するものがまったくないと言うのもよくないと言う。同じ巻で、彼は主宰するものは理そのものであると言う。経典の天という語について問われて、彼は、それはときには青い空を、ときには主宰する者を、ときにはただ理を意味すると言う。
“(アッラーは)諸天と大地の創成者。かれはあなた方自身の内から、あなた方のために配偶者を創られ、家畜の内からも雌雄をお創りになった。かれはそこにおいて、あなた方を繁茂させるのである。いかなるものも、かれには似ていない。そしてかれはよくお聞きになるお方、よくご覧になるお方である。”
“報いの日の支配者(に)。”
“かれは最初のお方、最後のお方、(最も)外なるお方、(最も)内なるお方。そしてかれは、全てのことをご存知のお方であられる。”
“また、かれ(アッラー)以外に知る者はない不可視の世界の鍵は、かれの御許にこそある。またかれは、陸と海にあるものも(全て)ご存知である。そしてかれがご存知にならずしては、葉一枚も落ちることがない。また、地面の暗闇の中にある種一粒であっても、あるいは湿っているものでも、乾いているものでも。(それらのことで)明白な書の中に(記録されて)ないものは、ないのだ。”
“アッラーが人間に語りかけ給うことなどは、あり得べくもない。しかし啓示によるものか、または覆いの向こうから(語りかけられるもの)、あるいは御使いを遣わせて、かれのお許しと共に、かれがお望みのことを啓示し給う場合は別である。本当にかれは、至高のお方、英知あふれるお方であられる。”
中国語で書いた中国のムスリムの学者たち
1600年代から、中国のムスリムの学者たちは中国語でイスラームについての書物を書いた。多くの中国のムスリムはこれらの書物を漢キターブと呼んでいる。王岱輿は1642年に現存する最も古いものを出版し、馬注と劉智がそれに続いた。馬注は十年以上イスラームの言語と書物を学んだ。劉智はそのアラビア語とペルシア語の書物に六年を費やした。歴史家ジョナサン・リップマンは、王は彼の時代の学識ある中国語である朱熹の学派の用語を使ったと書いている。彼はそれを使って、その基本的な考えのいくつかを批判し、イスラームを擁護した。王の四十の論の半分はイスラームの儀礼と法についてのものである。馬注の書はイスラームの信仰と実践の手引きであり、劉智はイスラームの五行(五つの柱)について書いた。ムスリムは、このページが日本語でそうしているように、読者自身の言語でイスラームを説明する。
リップマンは、中国のムスリムの学者による、イスラームについての中国語の書物である漢キターブを描いている。リップマンが引くある一節は、中国のムスリムがそれをこの名で呼ぶと言う(72ページ)。リップマンは、この名は西北部で用いられ、他の所では中国語の名称が用いられると付け加えている(第3章、注38)。南京の王岱輿は1642年に『正教真詮』を出版した。これは現存するそのような著作で最も古いものである(75ページ)。序文で、王はこの書は全面的に経典への崇敬に基づき、注釈を参照していると言う(76-77ページ)。リップマンは、王はイスラームの基本的な真理を守ったが、程兄弟と朱熹の新儒教の学派の語彙で書いたと言う。彼の最初の章は神の唯一性と創造についてである(77ページ)。彼の書には哲学と宗教についての二十の短い論と、儀礼と法についての二十の論があり、イスラームの信仰と実践を擁護している(77-78ページ)。王はその哲学の言語全体を用いて、その基本的な考えのいくつかを批判し、イスラームを擁護した(79ページ)。馬注は十年以上イスラームの言語と文献を学び、イスラームの思想と実践の手引きである『清真指南』を書いた(80ページ)。これらの著者の中で最も名高い劉智は、儒学を学んだ後、アラビア語とペルシア語の課程を六年間学び(81ページ)、イスラームの五行(五つの柱)についての論を書いた(83ページ)。
馬注:太極より前の真主
中国のムスリムの学者馬注は、イスラームの答えを中国語で示した。彼は、太極が始まる前には、ただ一なる真主だけがあったと書いた。かれには等しい者も伴侶もなく、始めも終わりもない。かれの見ることは目に頼らず、かれの聞くことは耳に頼らず、かれの語ることは舌に頼らない。かれは生まれず、誰をも生まれない。かれは初めから万物の形と理を持っておられた。馬注はこれを、書き手が筆を取る前に心の中にある文章の構想にたとえた。真主には、と彼は付け加える、前も後もない。馬注は太極という古い語を彼自身のやり方で使った。彼にとってそれは朱熹の万物の理ではなかった。それは造られた物であった。真主が存在させられた、知覚を持たないすべての物の根である。
神への八つの讃の最初の「一」で、馬注は、太極が始まる前には、ただ一なる真主だけがあったと書いている。かれには等しい者も伴侶もなく、始めも終わりもない。かれの見ることは目に頼らないが、かれはすべてを見られる。かれの聞くことは耳に頼らず、かれの語ることは舌に頼らない。かれは生まれず、誰をも生まれない。かれは天地を造り、すべての生き物を養われる。書き手が筆を取る前に心の中に文章の構想を持つように、かれは天より前に万物の形を持っておられた。そしてすべての文字にその意味があるように、すべての物にはその理がある。かれは初めからすべての理を持っておられた。真主には、と馬注は付け加える、まことに前も後もない。「大能」の讃で、馬注は、真主は知覚を持たないすべての物の根を存在させられ、これが太極と呼ばれると書いている。それゆえ彼の用い方では、太極は造られた物であり、朱熹の万物の理ではない。
“使徒よ、)言え。「かれはアッラー、唯一なるお方、アッラーは、威光高きお方、お産みすることもなければ、お産まれにもならなかったのであり、誰一人、かれに匹敵するものもなかった」。”
“(アッラーは)諸天と大地の創成者。かれはあなた方自身の内から、あなた方のために配偶者を創られ、家畜の内からも雌雄をお創りになった。かれはそこにおいて、あなた方を繁茂させるのである。いかなるものも、かれには似ていない。そしてかれはよくお聞きになるお方、よくご覧になるお方である。”
イスラームが読者に求めること
イスラームは物がどこから来るかについての答え以上のものである。それは、信仰、崇拝、法、家族、品性を併せ持つ完全な生き方(ディーン)である。神は、この生き方を完成されたと言われる(5:3)。かれは信者に、全身全霊でイスラームに入るよう呼びかけられる(2:208)。ページ「イスラームとは何か?」がその全体を示している。クルアーンは、すべての物を定めをもって造られた一者の言葉であると主張し、試してみるよう招いている(2:23)。ムハンマド(ﷺ)は預言者たちの封印、その最後の者であり、すべての人々に遣わされた(33:40、7:158)。クルアーンを読み、それを試し、彼が神の遣わされた最後の使徒であるかどうかを問うてほしい。
“この日われはあなた方のために、あなた方の宗教を完成させ、あなた方へのわが恩恵を全うし、イスラームがあなた方への宗教であることに満足した。”
“信仰する者たちよ、余すことなく平安の内に入れ。そしてシャイターンの歩みに従ってはならない。本当に彼はあなた方にとって、紛れもない敵なのだから。”
“(不信仰者たちよ、)もしあなた方が、われらがわれらの僕(ムハンマド)に下したもの(クルアーン)について疑惑を抱いているのなら、それと同等のスーラを一つでもよいから創作し、アッラー以外のあなた方の証人(の助け)を呼んでみるがいい。もしあなた方が、本当のことを言っているというのならば。”
“ムハンマドはそもそも、あなた方の男性の内の、誰の父親でもない。しかしアッラーの使徒、預言者たちの封印なのだ。そしてアッラーはもとより、全てのことをご存知のお方。”
“(使徒よ、)言ってやるがいい。「人々よ、本当に私はあなた方全員への、アッラーの使徒である。(アッラーは、)かれにこそ諸天と大地の王権が属するお方。かれの外に、崇拝すべきものなどはない。生を与え、死を与えられる(お方)。ならばアッラーと、アッラーとその御言葉を信じるその使徒。文盲の預言者を信じ、彼に従うのだ。あなた方が導かれるようにするために」。”
答えごとに
J・パーシー・ブルース訳『朱熹の人間本性の哲学』、1922年、第2巻、命、第19節 — 147ページ
“しかしなお、この主宰者は理にほかならない。全宇宙において理より高いものはなく、それゆえ主宰者という語がある。”
引用の目的
朱熹は言った、「この主宰者は理にほかならない」。それで万物の主宰者は原理である理であって、働く神ではない。
応答
朱熹は、何もそれより高いものがないので、古い書物の上帝は理であると言った。彼はまた、何も主宰するものがないと主張するのはよくないと言った。しかし彼自身の説明によれば、理は意図を持たず、計らいもせず、何も作らない。何も決めず何も作らない主宰者は、主宰者がするようには主宰しない。朱熹は、本当に各人に分け前を与える者はいないとさえ言った。クルアーンは、誰が各物を主宰し定められるかを言っている。神であり、かれは「全てをお創りになり、それらを然るべく調整されたお方」である(25:2)。
結論 — 朱熹は上帝という古い名を保ったが、それを何も作らない理に与えた。イスラームは、主宰者は創造し、知り、各物を定められる神であると言う。
『朱子語類』第1巻、理と気について
朱熹は、太極はただ天地万物の理にすぎないと言う。天地より前に、この理があった。理は気より先にあるのかと問われて、彼は、それらには本当の前後はないが、もしどうしても遡らねばならないなら理が先であると言う。しかし理は別の物ではない。それは気の中にあり、気がなければ寄る所がない。気は凝り集まって物を作ることができる。理には情も意もなく、計らいもなく、何も作らない。それは跡のない、清らかで開けた世界である。気は、と彼は考える、理に寄りかかって動く。彼はまた、天地の心は知覚がないとは言えないが、人のように物事を思い巡らすのではないと言う。彼は程子の、動静に端なし、動の前に静があり、静の前に動があったという言葉を引いている。今の世界の前に何があったかと問われて、彼は、それと同じような別の世界があったに違いないと言う。天地は滅びない。人がまったく道を失うと、すべてが一緒に混沌に落ち、人と物が尽き、そしてまた新たに始まる。
引用の目的
理は天地より前にあった。それは永遠であるので作り手を必要とせず、世界もそうである。
応答
朱熹は確かに、もしどうしても遡るなら、理が先に来ると言った。しかし彼は、理は気がなければ寄る所がなく、何も作らないと言った。彼はまた、世界は混沌に落ちてまた始まると教えた。終わりのない世界の連なりも、なぜそもそも世界があるのかを説明しない。クルアーンは問う、「いや、彼らはいかなるものもなしに、創られたというのか?それとも彼らが創造者なのか?」(52:35)。始まりのない一者は神、「最初のお方、最後のお方」である(57:3)。ページ「もしすべてのものに創造主が必要なら、誰が神を創造したのか?」は、なぜ原因の連鎖が何にも依存しない一者で終わらねばならないかを説明している。
結論 — 何も作らない永遠の型も、終わりのない世界の連なりも、なぜ世界があるのかを説明しない。始まりのない一者は、知り、創造される神である。
さまざまな視点
朱熹が教えたこと
朱熹は、すべての物には理(原理)と気(質料的な力)があると教えた。彼は万物の理を太極と呼び、主宰するものは理そのものであると言った。
朱熹は天地万物の理を太極と呼んだ。彼は、理は気から離れては見いだされないと言った。
朱熹は、理には情も意もなく、計らいもなく、何も作らないと言った。凝り集まって物を形づくるのは気である。
朱熹は、天に罪を裁く人を思い描くのも、何も主宰するものがないと言うのもよくないと言った。彼は、主宰するものは理そのものであると言った。
本当に誰かが人々に不均等な分け前を与えるのかと尋ねられて、朱熹は本当にそうする者はいないと言った。古い書物は上に人がいるように思わせるだけであり、それらが語る上帝は理である。
儒教の読者:理と気で十分である
儒教の読者は、理と気が世界を説明しており、創造主は必要ないと言うかもしれない。太極は別の名の神であるとか、中国のムスリムの学者たちはイスラームを儒教にしたとか付け加える者もいる。
朱熹は、理は天地より前にあり、この世界の前には別の世界があったと教えた。理は永遠であり、作り手を必要としない。
反論
理に始まりがないことは認めよう。朱熹は、理は気がなければ寄る所がないと言ったので、それは単独では立たない。そして理は何も作らないので、なぜ気が、あるいは何かの世界が存在するのかを説明できない。終わりのない世界の連なりもそれを説明しない。何にも依存しない一者だけがそれを説明する。神、「威光高きお方」である(112:2)。
理は作り手ではない。それは各物がなぜそのようにあるかの理由である。作り手を求めるのは朱熹を読み誤っている。
反論
クルアーンは、各物は定めをもって創造されたと言う(54:49)。しかし物がなぜそのようにあるかは、なぜそれが存在するかではない。朱熹は理は何も作らないと言ったので、理はなぜそもそも何かがあるのかを言うことができない。クルアーンは問う、「いや、彼らはいかなるものもなしに、創られたというのか?それとも彼らが創造者なのか?」(52:35)。
朱熹は、主宰するものは理そのものであると言った。「この主宰者は理にほかならない」。それ以上何も必要ない。
反論
朱熹は、何もそれより高いものがないので理を主宰者と呼んだ。しかし主宰者は命じるものであり、理は、と彼は言った、意図を持たず計らいもしない。彼はまた、本当に各人に分け前を与える者はいないと言った。イスラームは神がそうされると言う。かれはすべての物を割合と定めをもって創造された(54:49)。
気はひとりでに集まり散り、それが世界を説明する。主宰者は必要ない。
反論
朱熹自身、何も主宰するものがないと言うのはよくないと言った。気はどこでも、どの季節にも同じ秩序を保っている。もしその秩序がただ気自身の本性なら、誰が気にその本性を与えたのか。クルアーンは、少しの不均衡もないその秩序を、その作り手の業として指し示している(67:3)。
太極はただ別の名の神であるので、儒者はすでに神を知っている。
反論
朱熹は、太極はただ万物の理にすぎず、理は何も作らないと言った。クルアーンの神は聞き、見られ(42:11)、使徒を通して語られる(42:51)。それらは同じではない。
中国のムスリムの学者たちは新儒教の用語で書いたので、イスラームを儒教にしてしまった。
反論
彼らは、今日のムスリムが英語やマレー語でイスラームを説明するように、イスラームを説明するために彼らの時代の学識ある中国語で書いた。王岱輿はその用語を使って新儒教のいくつかの基本的な考えを批判し、イスラームを擁護した。そしてイスラームは、後のどの著者からでもなく、クルアーンと預言者(ﷺ)の教えから知られる。クルアーンは試してみるよう招いている(2:23)。
中国のムスリムの学者たち
1600年代から、中国のムスリムの学者たちは中国語でイスラームを説明した。馬注は、一なる真主は太極より前にあり、それを存在させられたと書いた。彼自身の用い方では、太極は物の造られた根を意味した。
王岱輿は1642年に、現存する最も古いイスラームについての中国語の書物『正教真詮』を出版した。馬注と劉智がそれに続いた。
馬注は、太極より前には等しい者も伴侶もない一なる真主だけがあったと書いた。彼はその古い語を彼自身のやり方で、知覚を持たないすべての物の造られた根の意味で使った。彼は、真主がそれを存在させられたと書いた。
イスラームの視点
理と気は物がどのように秩序づけられ形づくられるかを描いている。しかし何も作らない型は、すべての背後にある一者ではない。神はすべての物を定めをもって創造され、すべてを知っておられる。かれは他の何にも似ていないが、聞き、見られる。
神はすべての物を創造し、それらを然るべき割合で、定めをもって秩序づけられた。
何も神に似ていないが、かれは聞き、見られる。かれは最初のお方、最後のお方であり、すべてのことを知り、報いの日の支配者であられる。
神はお産みになることもなく、お産まれにもならず、かれに匹敵するものはない。
神は啓示によって、帳の陰から、あるいは使徒を遣わすことによって人々に語られる。クルアーンはかれの言葉であると主張し、試してみるよう招いている。
イスラームは完全な生き方である。預言者たちの封印ムハンマド(ﷺ)は、すべての人々に遣わされた。