短い答え

いいえ。その前の節は、テモテが「幼い時から」知っていた聖書について語っている。テモテが子供だった時、新約聖書の書は一つも書かれていなかった。それで書き手はヘブライ語の聖書(旧約聖書)を指していたのである。新約聖書の27書の一覧が初めて現れるのは、パウロからおよそ三世紀後の367年である。この節を使って聖書全体を証明することは循環論でもある。この手紙は聖書の中にあるから信頼され、聖書はこの手紙がそう言うから信頼される。最初の原本だけが霊感を受けていたと言うキリスト教徒もいる。しかしこの節は、テモテが少年の時に知っていた写本について語っている。パウロ自身、自分の言葉のいくつかを主のものではなく自分のものとして区別している。イスラームは、神が以前の預言者たちに啓典を送られたと教える。クルアーンは預言者ムハンマド(ﷺ)へのかれの言葉であり、吟味されることを求めている(4:82)。

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