短い答え
いいえ。聖書は決してイエスを「創造者」とは呼んでいません。キリスト教徒が引く節の大半は、万物は彼「により」造られたと言っています。一世紀のキリスト教の宣教者パウロは、両者を分けています。彼は、唯一の神、父、「万物はこの神から出て」と、唯一の主、イエス、「万物はこの主により」と書いています。イエス自身、創造者を別の誰かとして語りました。「創造者は初めから人を男と女とに造られ」。イザヤ書で神は、ご自分が万物を「ただわたしだけが」、「わたし自ら」造ったと言われます。それは創造における協力者の余地を残しません。クルアーンも同じ答えを与えています。アッラー(﷾)は万物の創造主です。イエスが粘土から形づくった鳥でさえ、ただ「アッラーのお許しにより」命を得たのです。
詳しい説明
キリスト教徒が頼る節
キリスト教徒は、ヨハネによる福音書の冒頭を、神である言がすべてを造ったと言っているものと読みます。彼らは言をイエスのことだと考えます。新約聖書の手紙であるコロサイ人への手紙は、万物は彼によって、彼を通して創られたと言っています。もう一つの新約聖書の手紙であるヘブル人への手紙は、神は御子によって世界を造られたと言っています。これらの節から、キリスト教徒は、子は父と共に創造主であると結論しています。
“初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。”
“御子は見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子によって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。”
“この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである。神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を造られた。”
父「から」、子「により」
一世紀のキリスト教の宣教者パウロは、コリント人への第一の手紙8:6で二つの異なる言葉を使っています。万物は唯一の神、父「から」出ています(ギリシア語エクス)。万物は唯一の主、イエス「により」存在します(ギリシア語ディア)。最初の言葉は源を名指ししています。第二の言葉は、その業が通る者を名指ししています。要点は「により」という言葉だけではありません。パウロは「唯一の神」という名と「この神から」を、父だけに与えています。ヘブル人への手紙ははっきりと同じことを言っています。神は御子によって世界を造られた、と。造るのは神なのです。
“わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神のためにある。また、唯一の主イエス・キリストのみがいますのである。万物はこの主により、わたしたちもこの主によって生きている。”
“この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである。神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を造られた。”
イエスは創造者を別の誰かとして名指しした
結婚について尋ねられたとき、イエスは「創造者は初めから」と指し示しました。彼は創造者を自分自身としてではなく、別の者として語ったのです。同じ言葉についてのマルコの記述は創世記を引用しています。創世記では、彼らを男と女に造られた方は神です。
“イエスは答えて言われた、「あなたがたはまだ読んだことがないのか。『創造者は初めから人を男と女とに造られ』、」”
“しかし、天地創造の初めから、『神は人を男と女とに造られた』。”
“神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。”
神は万物をひとりで造られた
イザヤ書で、神は、ご自分が万物を造ると言われます。かれはただひとりで天をのべ、ご自身で地をひらかれます。ひとりで、ご自身でという言葉は、協力者を、そして「により」造られる誰をも残しません。聖書は「創造者」という称号を、弱ることも疲れることもない神に与えています。
“あなたのあがない主、あなたを胎内に造られた主はこう言われる、「わたしは主である。わたしはよろずのものを造り、ただわたしだけが天をのべ、みずから地をひらき、」”
“あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。”
ヨハネを協力者と読むことはイザヤと矛盾する
ヨハネ1:3を、言を創造の協力者とするものと読んだとしましょう。そうすると、それはイザヤ書44:24と並んで立つことができません。神が万物をひとりで、ご自身で造られたか、かれに協力者がいたかのどちらかです。二つの読み方の両方が正しいことはありえません。ひとりで創造されるイザヤの神は、クルアーンの神なのです。
“あなたのあがない主、あなたを胎内に造られた主はこう言われる、「わたしは主である。わたしはよろずのものを造り、ただわたしだけが天をのべ、みずから地をひらき、」”
“初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。”
クルアーン:唯一の創造主
クルアーンは、アッラー(﷾)は万物の創造主であると述べています。かれが創造されるように創造した協力者を誰かが持っているのかと問うています。それは、自分の奇跡についてのイエス自身の言葉を記録しています。彼は粘土から鳥を形づくり、それはアッラー(﷾)のお許しによって鳥となりました。
“アッラーは全てのものの創造主で、かれは全てのことを請け負われるお方であられる。”
“いや、彼らはアッラーに、かれの創造と同様に創造し、それゆえに(それらの創造とアッラーの)創造が彼らにとって紛らわしくなってしまった同位者を設け(、アッラーと共に崇拝し)ているのか?(使徒よ、)言うがよい。「アッラーは全てのものの創造主であり、かれは唯一のお方、君臨し給うお方である」。”
“本当に私があなた方のために、泥土で鳥の形のようなものを作り、そこに息を吹き込むと、それはアッラーのお許しにより(本物の)鳥となる。また、私はアッラーのお許しにより、生まれつきの盲人やライ病患者を癒し、死人を蘇らせよう。”
節ごとに
ヨハネによる福音書 1:1-3 — 第1章1-3節 (WEB)
“初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。”
引用の目的
言は神であり、万物は彼によって造られた。だから言であるイエスは創造主である。
応答
その節は、万物は彼「により」造られたと言っています。パウロはキリストについて同じ言葉を使い、「唯一の神」と「万物はこの神から出て」を父のために取っています。ヘブル人への手紙ははっきり言っています。神は御子によって世界を造られた、と。「神」という言葉もそれを決着させません。神はモーセに言われました。「わたしはあなたをパロに対して神のようにする」。
結論 — ヨハネは言を、それにより物が造られた方と名指ししています。彼を創造者とは呼んでおらず、イザヤは創造者はひとりで働かれたと言っています。
コロサイ人への手紙 1:15-16 — 第1章15-16節 (WEB)
“御子は見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子によって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。”
引用の目的
万物は、天にあるものも地にあるものも、彼によって創られた。創造主だけがこのように描かれうる。
応答
同じ節はこう終わっています。万物は「御子によって造られ、御子のために造られた」。その前の節は彼を「見えない神のかたち」、「すべての造られたものに先だって生れたかた」と呼んでいます。それは、コリント人への第一の手紙8:6と同じように、神が彼により創造されることについて語っているのです。
結論 — コロサイ人への手紙は、創造を彼によるものとしています。それは彼を、イザヤ書で万物をご自身で造られた唯一の神にはしていません。
ヘブル人への手紙 1:10 — 第1章10節
“また、「主よ、あなたは初めに、地の基をおすえになった。もろもろの天も、み手のわざである。」”
引用の目的
ヘブル人への手紙は主が地の基をすえられることについての詩篇を子に当てはめているので、子は創造主である。
応答
同じ章は、神は子によって世界を造り、彼を相続者と定められたと言っている。すぐ前の節は「神、あなたの神は、…あなたに注がれた」と言っている。呼びかけられている者には彼の上に神がいる。
結論 — その詩篇を引用する章は神を子の上に置いているので、彼をひとりで創造されるイザヤ書44:24の神にすることはできません。
さまざまな視点
主流のキリスト教
キリスト教徒は、イエスは永遠の言、子なる神であり、万物は彼を通して、彼によって造られたと信じる。彼らは、彼は父と共に創造主であると考える。
ヨハネ1:3とコロサイ1:16は、万物は彼により造られたと言っている。キリスト教徒はこれを、彼を創造主とするものと読む。
反論
どちらの節も、確かに万物は彼により造られたと言っています。けれどもコリント人への第一の手紙8:6は、「唯一の神」と「万物はこの神から出て」を父だけに与え、イエスには「により」だけを与えています。ヘブル人への手紙は、神は御子によって世界を造られたと言い、イザヤ書44:24は、神が万物をひとりで造っておられます。
キリスト教徒は、子に向けて語られたヘブル人への手紙1:10を、彼を地の基を据えた者とするものと読む。
反論
その節は子に向けて語られていますが、同じ章が、神は彼によって世界を造られたと言っています。そのすぐ前の節は「神、あなたの神は…あなたに注がれた」と言っています。呼びかけられている者には、彼の上に神があるのです。ですからその章は、彼を、ひとりで創造されるイザヤ書44:24の神にすることはできません。
イスラームの視点
アッラー(﷾)だけが創造主です。イエスはかれのしもべであり使徒であり、彼の手によるすべての奇跡はアッラー(﷾)のお許しによって起こりました。
神は、ご自分が万物を造り、ひとりで天をのべ、ご自身で地をひらかれたと言われます。
パウロは、万物がその方から出る唯一の神、父を分けています。そして、万物がその方による唯一の主、イエスを分けています。
ヘブル人への手紙は、神は御子によって世界を造られ、子には彼に油を注いだ神があると言っています。
イエスは、人類を造られた方について三人称で語りました。彼が引用する創世記の節は、その方を神と名指ししています。
聖書は「創造者」という称号を神に与えており、名を挙げてイエスに与えたことは一度もありません。
クルアーンは、アッラー(﷾)は万物の創造主であると教えています。かれには、かれが創造されるように創造する協力者はいません。
クルアーンでイエスは、粘土の鳥でさえ、自分の奇跡はただアッラー(﷾)のお許しによって起こったと言っています。